福岡高等裁判所 昭和45年(ネ)395号 判決 1971年3月09日
控訴人 田中亀一こと金水鎬
右訴訟代理人弁護士 松尾千秋
被控訴人 有限会社 杉本商店
右代表者代表取締役 杉本亀吉
<ほか二名>
主文
原判決を取消す。
本件を長崎地方裁判所に差戻す。
事実
控訴代理人は主文同旨ならびに訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は、控訴人が、別紙控訴の理由の如く、訂正、附加したほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。
理由
本件記録によると、本件訴は、控訴人が被控訴人らを被告として、原判決事実摘示の如き請求原因に基き、同請求の趣旨記載の如き判決を求めるため提起されたものであるところ、原裁判所は、原審における控訴人の代理人がその請求原因において、本件土地の不法占有に基く損害金を、坪当り一ヶ月金三〇円としながらも、本件土地全体(三一坪五合五勺)で一ヶ月金九、四六五円とその請求の趣旨に掲げているが、これは金九四六円五〇銭の誤記であることは一目瞭然であって、このような誤記は、法律の専門家である弁護士が訴訟代理人として作成したものとしては、とうてい訴状の適正な記載とはいえず、結局本件訴状は民事訴訟法第二二四条に違反する不適法な訴状といわなければならないとし、かつ、本件の場合において、右の如き齟齬は、弁論終結の間際に提出し陳述された請求の趣旨および原因訂正申立書によるものであって、その不適法性が余りにも顕著であり、かかる欠缺は原告の主張として甚しく被告をまどわせ、裁判所をも愚弄するものであるから、補正を命ずる限りではないとして、判決をもって、控訴人の本件訴を却下したことが明らかである。
しかして、原判決の右趣旨は、要するに控訴人の本件訴は、民事訴訟法第二二四条の訴状の必要的記載事項である請求の趣旨の記載を欠く不適法なもので、かつ、右は補正のできないものとして、控訴人の本件訴を却下したものである。
しかし、訴状が民事訴訟法第二二四条一項の必要的記載事項の記載を具備しているか否かは、その記載自体の形式から判断すべきものであって、その請求が理由があるか否かについての内容の当否とは直接関係はないものである。したがって、その訴状に請求の趣旨および原因の項目の表示があっても、そこに記載されていることの意味が全く不明であって、何を請求し、また、何を主張しようとしているかわからないような場合には、その記載にもかかわらず、結局それらの事項についての記載を欠くものと解するほかはないけれども、そうでないような場合、たとえば、訴状に記載された請求の原因および趣旨それ自体は明確であるけれども、その間に齟齬があるような場合には、裁判所としては、宜しく釈明権を行使して、その齟齬を是正させ、なお是正しないときは、請求原因に対応しない請求部分は理由なしとして棄却すれば足るものである。
これを本件についてみるに、控訴人の昭和四五年一月三一日の請求の趣旨および原因訂正申立後における、本件請求の趣旨および原因は原判決の事実摘示のとおりであって、それら自体には何ら不明確なところはなく、ただ、原判決が指摘する如き損害金の点において、その請求原因の記載と請求の趣旨との間に齟齬があるに過ぎないのであるから、たとえそれが顕著なものであったとしても、そのことから直ちに請求の趣旨記載を欠く不適法な訴とすることは到底できない。原審としては宜しく釈明権を行使して前記両者間の齟齬を是正させる等して本案の裁判をなすべきであるのに、原審が控訴人の本件訴は訴状の必要的記載事項を欠く不適法なものとして、これを却下したことは、違法といわなければならない。
ちなみに、控訴人は本件訴において、被控訴人有限会社杉本商店に対し原判決添付別紙目録記載(2)の建物の収去と、同目録記載(1)の土地の明渡し、ならびに、昭和四四年一〇月一六日から右明渡しに至るまでの損害金の支払を求め、被控訴人古田一喜、同小川伊佐雄に対し前記(2)の建物から退去して同(1)の土地の明渡を求めているものであるところ、前記の如き請求原因と請求の趣旨との齟齬は、被控訴人有限会社杉本商店に対する右請求のうちの損害金の請求に関する部分のみであって、その余の請求に関する部分については両者に齟齬はないのであるから、原判決説示の如き理由をもっても、控訴人の本件訴全部を不適法として却下すべきいわれはないものといわなければならない。
以上の如く、控訴人の本件訴を却下した原判決は失当であるのでこれを取消すこととし、民事訴訟法第三八八条に則り、主文のとおり判決する(なお、本件は原判決を全部取消して、事件を原裁判所に差戻す場合であるので、訴訟費用の負担についての裁判はしない)。
(裁判長裁判官 高次三吉 裁判官 弥富春吉 原政俊)
<以下省略>